日本とケルトの共通点
この本を紀行文と期待してはいけない。ケルトと比較して、日本人の生き方や日本文化を探った文化論である。アメリカ、キリスト教文化と比較して、日本とケルトには、多くの共通点があるという。 ・ともに、大陸の辺境に位置し、固有の文化が残っている ・言葉がなくても親しくなれる(「非言語的」に交流している) ・ハッピーでない終わり方をするおとぎばなしがある ・アニミズムが残っている ・「嘘をつく」とか「いい加減」とか言われる (筆者は指摘してないが、かごめかごめとアイリッシュ・ダンスは似ている) これらを受け、日本人は西欧的に生きると同時に、これらの無意識とつながった生き方をなくさないようにすべきだというのが、筆者の主張である。結論部分が、いかにも日本的であるが、確かにアメリカ人とは違う心性を我々はもっており、それを大切にすることは共感した。 蛇足だが、タロット占いの魔女と心理療法士が同じ手法を使っているという指摘は、勇気があると思った。
狐につままれたような本
ケルトと司馬遼太郎(『愛蘭土紀行』)。ケルトと松本清張(『松本清張のケルト紀行』)。そして、ケルトと河合隼雄。三者のうちでもっともケルト的なものとの親和性が強い。それだけに読まなくても中身が分かりそうなものだと思って読んでみたら、案の定、読まなくても分かることしか書かれていない。たとえば「母性を象徴する渦巻き模様」と「ケルト文明が母性原理に裏打ちされていたこと」との関係とか「グルグルと回るケルト文様と輪廻転生の関係」。村上春樹やよしもとばななの著作が「普遍性を持つ現代のおはなしであり、いわゆる近代的自我を中心にして書かれたものではない」こと、「この二人は無意識的なところに入り込んでいく力を持ち、しかもそれを物語にする力を持っていること」。ケルトには文字はないが音楽は残ったこと、音で伝えた方がよく伝わること、「『源氏物語』を代表とする日本の物語文学には、壁の向こうから笛の音が聞こえてくる、などといったシーンがよく描かれる。塀ごしに音が聞こえてきたりする。それで心が伝わる。それは世界中にある話でもある」こと。エトセトラ。エトセトラ。そもそも河合隼雄という人は何者なのだろう。怪物だとしか言いようがない。なんでも呑みこんでしまう怪物。生きている無意識。狐につままれたような本だ。
歴史が息づいている今の生活を感じる本
ケルトの文化,歴史,遺跡の紹介というような堅苦しい多くの本とは異なり,その土地の人々や生活,信条を,心にとけ込むように感じて知る.のんびりと漂い歩く旅気分を味わいつつ,ケルト文化の地を知りたい方にお勧めします.
NHK出版
ナバホへの旅 たましいの風景 ブッダの夢―河合隼雄と中沢新一の対話 (朝日文庫) 源氏物語と日本人―紫マンダラ (講談社プラスアルファ文庫) 神話の心理学 縁は異なもの (知恵の森文庫)
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